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東京地方裁判所 平成8年(ワ)2676号 判決

原告 久保田順子

原告 久保田正有

右両名訴訟代理人弁護士 秋山知文

被告 株式会杜光通信

右代表者代表取締役 重田康光

右訴訟代理人弁護士 高橋真一

同 竹原隆信

同 田中久也

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告久保田順子に対し、二五一七万一四二九円及びこれに対する平成八年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告久保田正有に対し、七〇一五万円及びこれに対する平成八年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一1  要旨

本件は、原告らが、被告に対し、被告代表者の不法行為について民法四四条一項に基づき損害賠償を請求するとともに、被告の不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。

2  被告代表者の不法行為の主張

被告は、平成元年、第三者割当ての方法による新株発行を二回行ったが、被告代表者重田康光(以下「康光」という。)は、右新株発行のそれぞれにつき取締役会決議及び株主総会の特別決議を経る必要があるにもかかわらず、これらの手続を経ないまま、被告における自己の会社支配を強化するという不公正な目的のもとに、独断で右各新株発行を行ったため、原告らは、康光の右の各不法行為により、株主としての権利又は利益及び原告久保田正有(以下「原告正有」という。)の取締役としての権利又は利益を侵害されたから、被告は民法四四条一項に基づき損害を賠償する責任を負う。

3  被告の不法行為の主張

被告は、原告らの保有していた被告株式について、株主名簿上、二回にわたり、株式譲渡があったとして、原告らの保有株式数を勝手に減少させたため、原告らは右不法行為により株主としての権利又は利益を侵害されたから、被告はこれにより生じた原告らの損害を賠償する責任を負う。

二  争いのない事実

1  被告は、電気通信サービス等の加入手続に関する代理店業務等を目的とする株式会社であり、昭和六三年二月に資本金一〇〇万円、株式総数二〇株で、康光が中心となって、設立された。

2  被告設立当時、康光は、被告株式を九株、同人の高校時代からの友人であった原告正有は同株式を三株、同人の母である原告久保田順子(以下「原告順子」という。)は同株式を一株保有していた。

3  被告は、平成元年二月ころ、第三者割当ての方法による新株発行(以下「第一回新株発行」という。)を行い、右新株発行による資本の増加について、同月一五日にその旨の登記をした。

第一回新株発行の際、被告は、発行価格五万円で新株を六〇株発行し、康光に四〇株、康光の姉である宮下朋子(以下「朋子」という。)に一〇株、前多俊宏(以下「前多」という。)に一〇株を割り当てた。その結果、被告の発行済株式総数は八〇株、資本金額は、四〇〇万円となった。

4  被告は、平成元年六月ころ、二回目の第三者割当ての方法による新株発行(以下「第二回新株発行」という。)を行い、右新株発行による資本の増加について、同月二〇日にその旨の登記をした。

第二回新株発行の際、被告は、発行価格五万円で新株を一二〇株発行し、康光に八一株、朋子に一四株、前多に一五株、康光の母である重田定子(以下「定子」という。)に一〇株割り当てた。その結果、被告の発行済株式総数は二〇〇株、資本金額は、一〇〇〇万円となった。

5  被告の取締役は、第一回新株発行及び第二回新株発行(以下第一回新株発行と第二回新株発行をあわせて「本件各新株発行」という。)当時、康光、朋子及び原告正有の三名であり、康光が代表取締役であった。

6  原告正有が保有する被告株式の数は、被告の株主名簿上、平成二年四月六日に三株から一株に減少した旨記載されている。

7  原告順子が保有する被告株式の数は、被告の株主名簿上、平成二年五月二八日に三株から一株に減少した旨記載されている。

8  原告順子は、康光に対し、平成四年七月二三日、被告株式一株を二五万円で譲渡した。

9  原告正有は、康光に対し、平成四年七月二三日、被告株式二株を一株二五万円で譲渡した。

10  被告は、平成七年二月二八日、一株三〇〇万円で、第三者割当ての方法による新株発行を行った。

三  争点

(被告代表者の不法行為による被告の責任について)

1 本件各新株発行に関し取締役会が開催されたか。

2 本件各新株発行が、株主以外の者に対する特に有利な発行価額での新株発行に該当するか。

3 本件各新株発行は、康光が被告における自己の会社支配を強化することを主要な目的として行った不公正なものといえるか。

4 本件各新株発行によって原告らに損害が生じたか否か、損害が生じたとしてその額はいくらか。

5 代表取締役が自己の会社支配を強化することを主要な目的とする不公正な新株発行を行い株主に損害が生じた場合に、会社が株主に民法四四条一項に基づき損害賠償責任を負うか。

6 消滅時効が完成しているか。

(被告の不法行為責任について)

7(一) 被告は、その株主名簿上、そのような事実がないにもかかわらず、平成二年四月六日付けで原告正有の保有株式数を三株から一株へ減少させる虚偽の記載をしたか。

(二) 右保有株式数の減少の記載により、原告正有に損害が生じたか否か、損害が生じたとしてその額はいくらか。

8(一) 被告は、その株主名簿上、そのような事実がないにもかかわらず、平成二年五月二八日付けで原告順子の保有株式数を三株から一株へ減少させる虚偽の記載をしたか。

(二) 右保有株式数の減少の記載により、原告順子に損害が生じたか否か、損害が生じたとしてその額はいくらか。

四  争点1についての当事者の主張

1  原告らの主張

本件各新株発行に関し取締役会は開催されていない。なお、被告から、「康光、朋子及び原告正有の三名が出席して取締役会が開催され、本件各新株発行を全員一致で可決した」旨の取締役会議事録が二通提出されているが、右各議事録の原告正有の記名押印部分は偽造されたものである。

2  被告の主張

被告は、平成元年一月一〇日、康光、朋子及び原告正有が出席して取締役会を開催し、第一回新株発行を全員一致で可決した。なお、右取締役会の議事録は真正なものである。

また、被告は、同年五月二日、康光、朋子及び原告正有が出席して取締役会を開催し、第二回新株発行を全員一致で可決した。なお、右取締役会の議事録は真正なものである。

五  争点2についての当事者の主張

1  原告らの主張

被告株式の時価は、本件各新株発行当時、一株約一二万円であり、一株五万円での第三者割当ての方法による新株発行は株主以外の者に対する特に有利な発行価額での新株発行に該当するというべきであるから、本件各新株発行のため、株主総会において特別決議を経る必要があった。

2  被告の主張

被告株式の時価は、本件各新株発行当時、一株五万円未満であり、特に有利な発行価額ではなく、本件各新株発行のために、株主総会の特別決議は必要ない。

六  争点3についての当事者の主張

1  原告らの主張

本件各新株発行は、次のとおり、いずれも、康光が自己の会社支配を強化することを主要な目的とした不公正な新株発行である。

(一) 被告は、本件各新株発行では、主に代表取締役である康光及びその近親者に新株を割り当てており、その結果、本件各新株発行前と比べて、康光及びその近親者の持株比率は増加したが、原告らの持ち株比率は低下した。

(二) 前記のとおり、本件各新株発行に関する取締役会は開催されないまま、取締役会議事録のみが偽造されたが、これは、本件各新株発行の手続から原告正有をことさら排除するものである。

(三) 本件各新株発行は、前記のとおり、被告株式の時価より相当に低い価額を発行価額としたが、これは、本件各新株発行が資金調達を目的としていなかったことの表れであるとともに、株主以外の者に対する特に有利な発行価額での新株発行として、株主総会の特別決議を要するにもかかわらず、これを経ていない点で、株主である原告らを本件各新株発行の手続からことさら排除するものである。

2  被告の主張

本件各新株発行は、次のとおり、いずれも、康光が自己の会社支配を強化することを主要な目的として行ったものではない。

(一) 被告は、康光が個人事業として起業した「光通信センター」が発展して設立されたものであり、康光は、第一回新株発行前に、単独で被告株式の発行済株式総数二〇株のうち一三株を保有していたのであるから、被告の支配を強化する目的で新株を発行する必要性はなく、原告らが被告を支配することを期待できる状況になかった。

(二) 原告正有は、平成元年ころから自ら会社の設立を準備し、同年七月七日、株式会社光テックを設立して代表取締役に就任しており、当時、右会社の設立又は経営に関心を有し、早晩被告から退社することが予定されていたのであって、被告株式を保有することに固執しておらず、追加の出資に応じる意思も必要もなかった。このことは、原告らが、康光に対し、平成四年七月二三日、原告ら保有の被告株式を譲渡したことからも明らかである。

(三) 原告らは、第一回新株発行から本件訴訟提起に至るまでの七年以上もの長期間、被告会社の株主総会又は取締役会の開催の有無及び内容、株式発行の状況、経営の方針等につき被告会社に何ら問い合わせをしたこともなければ、これらについて出席の希望を述べたこともない。これは原告らが、被告の経営に無関心であったことの表れである。

(四) 本件各新株発行は、被告が急成長を続ける中で、資本金額の増額が被告の信用を高め、営業活動上重要であったことから、資金調達の必要と相まって行われたものである。

(五) 前記のとおり、本件各新株発行は取締役会の決議を経て適式に行われているとともに、株主以外の者に対する特に有利な発行価額での新株発行に該当しない。

七  争点4についての当事者の主張

1  原告らの主張

被告の不公正な新株発行により原告らの被告株式の持株比率が不当に低下させられたこと及び特別決議のための株主総会の開催がなかったことにより、株主である原告らに精神的苦痛が生じたが、この原告らの精神的苦痛は、それぞれ一〇〇〇万円をもって償うのが相当である。

加えて、原告正有は、本件各新株発行について、取締役として取締役会に出席し意見を述べる権利を有していたのに、康光が法定の手続を無視し独断で本件各新株発行を行ったことにより、取締役会に出席し意見を述べる機会を失い、精神的苦痛を受けたが、この原告正有の精神的苦痛は一〇〇〇万円をもって償うのが相当である。

2  被告の主張

(一) 株主には、発行済株式中の株式保有割合を維持することについて法律上権利は認められておらず、持株比率が低下したことは、財産的にも精神的にも損害とはならない。

また、仮に株主総会の特別決議が必要であったとしても、株主総会が開かれなかったことによって、原告らに慰謝すべき精神的苦痛は生ずることはなく、取締役会が開催されなかったとしても、原告正有に慰謝すべき精神的苦痛は生じない。

(二) 原告らが、損害として、精神的苦痛(慰謝料)を主張するのは、本件訴訟の経過に照らすと、時機に後れた攻撃方法であり、却下されるべきである。

八  争点5についての当事者の主張

1  原告らの主張

本件は、代表取締役たる康光が自己の会社支配を強化することを主要な目的とした不公正な新株発行を行ったものであり、会社代表者の不法行為というべきであるから、民法四四条一項により、会社も責任を負う。

2  被告の主張

代表取締役が自己の会社支配を強化することを主要な目的とする不公正な新株発行を行い株主に持分価値の減少による損害が生じた場合であっても、次のとおり、会社がその損害を当該株主に賠償することは予定されていない。

(一) 株主の持分価値の減少は、会社自身の資本充実が害されていることに起因する間接的な損害であるため、損害を被っている会社が当該株主に対し損害の賠償を行った場合、会社の損害ひいては他の株主の損害は何ら回復されないばかりか、かえって、当該株主に対する損害を賠償することによってさらに会社に損害が生じることになり、損害の無限循環が生じることになる。

(二) 会社から株主への損害賠償を肯定することは、減資手続に基づかずに一部の株主に対して有償減資を行うことと等しくなり、株主平等原則に反する。

(三) 商法上、株主は、代表訴訟制度によって、損害賠償責任のある取締役から会社に対して、かかる損害の填補を図ることが予定されている。

九  争点6についての当事者の主張

1  被告の主張

(一) 原告らは、本件各新株発行が行われたことを当時から知っていた。仮に原告らが本件各新株発行を知らなかったとしても、これが行われたことは原告らにとって一挙手一投足で知ることができる事柄であり、加えて、本件各新株発行が不法行為を構成するとすれば、加害者が被告又は被告代表者であることは自明であるから、本件各新株発行当時から不法行為の消滅時効の期間を起算すべきである。

(二) 本件各新株発行から三年が経過した。

(三) 被告は、原告らに対し、平成一一年六月二日の第一一回本件弁論準備期日において、右時効を援用するとの意思表示をした。

2  原告らの主張

原告らは、本件各新株発行が行われたことを知らなかった。また、株主には、商業登記簿を参照する等して新株発行の有無に注意を払う義務はないのであるから、本件各新株発行当時から消滅時効の期間を起算すべきであるとの被告の主張は失当である。

一〇1  争点7(一)についての当事者の主張

(一) 原告らの主張

原告正有が、平成二年四月六日ころ、被告株式を譲渡する等その保有株式を減少させる行為をした事実はなく、被告は、株主名簿上、原告正有の保有株式を三株から一株に減少させる虚偽の記載をしたものである。

(二) 被告の主張

原告正有は、被告に対し、平成二年四月二日、同人の保有株式二株を前多に譲渡することにつき株式譲渡承認請求をし、同月六日、被告取締役会で右株式譲渡が承認された。被告は、原告正有に対し、同月七日、株式譲渡承認通知を出し、原告正有と前多は、同月一〇日、被告株式二株の譲渡契約を締結した。

なお、被告の株主名簿において、平成二年四月六日付で原告正有の保有株式数が減少しているのは、被告取締役会で株式譲渡を承認した日を株式譲渡の日と間違えたからにすぎない。

2  争点7(二)についての当事者の主張

(一) 原告らの主張

(1) 原告正有が、株主名簿上の保有株式数を二株減少させられたことにより、その後被告が行った株主割当ての方法による新株発行において本来得られるはずであった株式も失ったので、原告の損害額は、失った株式数に一株当たりの損害額を乗じた金額となる。

原告が失った株式数は、その後に被告が行った株主割当ての方法による新株発行及び株式分割を考慮すると、三万四〇〇〇株となる。

一株当たりの損害額は、被告が平成七年二月二八日に、一株三〇〇万円で新株発行を行っていることを考慮すると、右三〇〇万円から新株を引き受ければ当然に払い込まなければならない額面金額五万円を控除した二九五万円となり、その後株式分割を行っているので、一株当たりの損害額は、一四七五円となる。

したがって、原告の損害額は、五〇一五万円となる。

(2) 仮定的に、当時の被告株式の時価が一株二五万円であるから、原告正有に生じた損害額を五〇万円と主張する。

(3) 仮定的に、原告正有の被った損害は、その性質上その額を立証することが極めて困難であると主張する。

(二) 被告の主張

原告が主張するような損害は、原告正有に生じていない。

一一1  争点8(一)についての当事者の主張

(一) 原告らの主張

原告順子が、平成二年五月二八日ころ、被告株式を譲渡する等その保有株式を減少させる行為をした事実はなく、被告は、株主名簿上、原告順子の保有株式を三株から一株に減少させる虚偽の記載をしたものである。

(二) 被告の主張

原告順子は、被告に対し、平成二年五月二五日、同人の保有株式二株を前多に譲渡することにつき、株式譲渡承認請求をし、同月二八日、被告取締役会で右株式譲渡が承認された。被告は、原告順子に対し、同日、株式譲渡承認通知を出し、原告順子と前多は、同月三〇日、被告株式一株の譲渡契約を締結した。

なお、被告の株主名簿において、平成二年五月二八日付で原告順子の保有株式数が減少しているのは、被告取締役会で株式譲渡を承認した日を株式譲渡の日と間違えたからにすぎない。

2  争点8(二)についての当事者の主張

(一) 原告らの主張

(1) 原告順子が、株主名簿上の保有株式数を二株減少させられたことにより、その後被告が行った株主割当ての方法による新株発行において本来得られるはずであった株式も失ったので、原告の損害額は、失った株式数に一株当たりの損害額を乗じた金額となる。

原告順子が失った株式数は、被告が行った株主割当ての方法による新株発行及び株式分割を考慮すると、一万〇二八五・七一四二九株となる。

一株当たりの損害額は、被告が平成七年二月二八日に、一株三〇〇万円で新株発行を行っていることを考慮すると、右三〇〇万円から新株を引き受ければ当然に払い込まなければならない額面金額五万円を控除した二九五万円となり、その後株式分割を行っているので、一株当たりの損害額は、一四七五円となる。

したがって、原告の損害額は、一五一七万一四二九円となる。

(2) 仮定的に、当時の被告株式の時価が一株二五万円であるから、原告順子の損害額を五〇万円と主張する。

(3) 仮定的に、原告順子の被った損害は、その性質上その額を立証することが極めて困難であると主張する。

(二) 被告の主張

原告が主張するような損害は、原告順子に生じていない。

第三争点に対する判断

(被告代表者の不法行為による被告の責任について)

一  争点1について

1 前示第二の二の事実に加えて、証拠(甲一号証の二、甲一四号証(ただし、後記信用できない部分を除く)、乙一三号証、一八号証、証人宮下朋子、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 康光は、昭和六〇年、「光通信センター」と称して電話機の販売に関する代理店業務を個人事業として始めたが、その個人事業を会社組織とするため、昭和六三年二月、被告を設立し、代表取締役に就任した。

(二) 被告設立当時の株主及び各株主の保有株式数は、康光が九株、原告正有が三株、小西慈宣が二株、川崎修が二株、朋子が一株、定子が一株、宮下義成(朋子の夫)が一株、原告順子が一株であり、康光の親族だけで二〇株のうち一二株を保有していた。

(三) 康光は、被告設立当初から、被告を発展させて株式を公開したいという希望を有していたことから、将来問題が生じないよう、取締役会議事録等の書類の作成及び保管に意を用いており、その旨担当者に指示していた。

(四) 朋子は、昭和六三年一二月、被告の取締役に就任し、経理を担当した。また、朋子は、平成元年から数年間、被告における商法上要求される書類の管理、整備を担当した。

(五) 康光は、朋子に対し、取締役会議事録を社外の専門家に作成させるように指示していた。それを受けて、朋子は、取締役会が開催される都度、取締役会議事録の作成を、取締役会の内容を伝えた上、公認会計士に依頼した。公認会計士が取締役会議事録を作成すると、その議事録は朋子に渡された。朋子は、議事録を、取締役会に出席した取締役に示し、通常はその場で押印してもらっていたが、場合によっては、出席した取締役がいったん議事録を預かり、翌日ないし数日後に、押印した議事録を朋子に渡すこともあった。いずれの場合も、取締役会議事録の出席取締役の押印は、出席した取締役が自ら行っていた。

2(一) ところで、原告らは、本件各新株発行を決する取締役会が開催された事実はなく、被告から提出された本件各新株発行を全員一致で可決したとの取締役会議事録の中の原告正有の記名押印部分は偽造されたものであると主張し、右主張に沿う証拠として、甲一三及び一四号証の記載部分並びに原告久保田正有本人の供述部分がある。

これに対して、これと反対趣旨の証拠として、証人宮下朋子の証言及び被告代表者本人の供述があり、いずれを信用するのが相当かが問題となる。

(二) この点については、右(一)で認定した事実、特に被告における取締役会議事録等の作成及び保管状況等に照らすと、本件各新株発行を可決した取締役会の議事録も真正に作成されたとする被告側の証言等の方が、通常の業務の過程として自然であり合理性もあるものと見ることができるから、信用することができそうであり、そうすると、乙八、九号証の原告正有作成部分が真正であると事実上推定されることになる。しかし、通常の取締役会議事録の作成状況が右認定のとおりであったとしても、特段の事情が認められる場合には、先に述べたような乙八、九号証の原告正有作成部分が真正であるという事実上の推定が覆されることになる。そこで、この点について、さらに検討を加える必要がある。

(三)(1) 乙八号証(平成元年一月一〇日付取締役会議事録)と乙九号証(平成元年五月二日付取締役会議事録)の「久保田」の印影は、一見していずれも異なるものであることが明らかであり、これらは、異なる印章によるものであることになる。また、甲二号証(昭和六三年一〇月二五日付第一回定時株主総会議事録)、甲三号証(平成元年二月一〇日付臨時株主総会議事録)、甲第四号証(平成元年六月一日付臨時株主総会議事録)の「久保田」の印影も、すべて異なるもののように見受けられる。そうすると、<1>原告正有は、複数の印章を有しており、これらを使い分け、又は、格別頓着することなく手元にあるものを使用していたか、<2>被告側が、原告正有の押印が必要な書類について、「久保田」の印章を用意して、原告正有の意思に基づかずに押捺していたか、いずれとみるのが相当かという問題であることになる。

右<2>の可能性は論理的には否定できないが、その場合、被告側が複数の印章を用意した上で、そのようにすることは、経験則上想定し難い。他方、作成日付の近い乙八号証と甲三号証の各印影及び乙九号証と甲四号証の各印影は、同一であると見受けられる。そうすると、原告正有は、その時期に手元にある印章を使用して、求められる書類に押捺していたものと推認することが合理的であるといえる。

なお、乙一三号証(宮下朋子の陳述書)には、議事録の押印に関して、原告正有が、「印鑑を持ち合せていない時にはその場で三文判を買いに行ってそれを書類に押していたこともあったと記憶しています。」とあり、いささか不自然な感を否めないが、当時の被告において、即時に書類に押印しなければならないような要急事態がみられたかどうかに関わるところであり、乙一三号証、証人宮下朋子の証言の信用性を大きく損なうものとみるべきではないであろう。

(2) 原告正有は、平成元年一月一〇日の第一回新株発行にかかる取締役会について、これが乙八号証記載のとおり、午前一〇時に開催されたものであれば、友人の結婚式二次会の打ち合わせのため、別の場所にいたから、取締役会に出席していたことはないと主張し、右主張に沿う証拠として、甲一三、一四号証、原告正有本人の供述がある。

これに対して、証人宮下朋子は、取締役会議事録は、午前一〇時開催と記載されているが、便宜上そのようにしているのであって、実際の開催時刻とは異なることがある旨証言する。この点については、本件訴訟の経過からすると、被告としては、甲一三号証が提出された段階で、直ちに、反論の主張、立証がされるべき事項であると考えられ、その意味で、宮下証言の内容は、いささか唐突な感を免れない。さりとて、右宮下朋子の証言の内容それ自体が直ちに経験則に反するものともいえないし、これが偽りであるという的確な反証がされていない本件においては、証人宮下朋子の証言の信用性を減殺する特段の事情と認めることも相当とは思われない。

(3) 原告正有は、平成元年五月二日の第二回新株発行にかかる取締役会について、当時仙台にいたので、出席していたことはないと主張し、右主張に沿う証拠として、原告正有本人の供述がある。これに対して、証人前多俊宏は、原告正有が、そのころ東京に来ており、被告会社に来ていた旨証言している。

両者を比較すると、いずれの供述、証言も必ずしも明確ではなく、これだけではどちらにより信用性があるとも評することはできない。しかし、右取締役会の議事録である乙九号証は、後日作成され(証人宮下朋子の証言)、原告正有が押印しているものと推認されるところである(前記(三)(1))ところ、原告正有本人の供述は、右推認を覆すものというには不十分である。

(4) なお、いずれも被告取締役会議事録である乙一四号証(平成二年四月六日付)、乙一六号証(平成二年五月二八日付)、乙一九号証(平成四年七月一七日付)において、出席取締役として、康光の母である重田定子の記名押印があるが、証人宮下朋子の証言によれば、定子は、各取締役会には出席することはなかったが、押印のみしていたものであることが認められる。

この点をどのように評価すべきかは微妙であり、右の事実から、被告取締役会の常態が窺われるから、原告正有の記名押印が偽造であることの重要な間接事実となるという見方もできる反面、かえって、宮下朋子の証言全体の信用性を高めることになるとみられなくもないのである。そうすると、この点のみをもって、乙八、九号証の原告正有作成部分の真正の推定を覆すに足りるものということはできないことになる。

(四) 以上によれば、乙八、九号証は、康光、朋子及び原告正有作成部分について証人宮下朋子の証言によりいずれも真正に成立したものと認めざるを得ず、これに加えて、証人宮下朋子の証言及び被告代表者本人の供述により、平成元年一月一〇日、康光、原告正有及び朋子が出席して取締役会が開催され、第一回新株発行を全員一致で可決し、同年五月二日、右三名が出席して取締役会が開催され、第二回新株発行を全員一致で可決した事実を認めることが相当というほかない。他に右原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

3 したがって、争点1についての原告らの主張は認められない。

二  争点2について

1 原告らは、本件各新株発行当時、被告株式の時価は、一株約一二万円であり、一株五万円を発行価額とした本件各新株発行は株主以外の者に対する特に有利な発行価額での新株発行に該当するから、右新株発行のため株主総会の特別決議を経る必要があると主張し、なるほど、甲一一号証の二及び弁論の全趣旨によれば、被告は、その会社説明書中の業績推移に関する資料において、被告株式の一株当たりの純資産額を棒グラフで示しているところ、同グラフにおいて、第二期、すなわち平成元年度の一株当たりの純資産額を約一二万円と表示している。

しかしながら、一般に、株式の時価は、当該会社の一株当たりの純資産額のみで定まるものとは直ちにはいえないのみならず、乙一三号証及び被告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件各新株発行当時、被告はまだ創業期であって、急成長はしていたものの、会社を存続させることが精一杯であり、その経営は苦しく、銀行等が、右新株発行に関して、一株五万円であっても出資するような客観的状況ではなかったこと、朋子は、本件各新株発行に応じて出資したが、右のような状況から、被告から配当等を期待して投資をするというよりも、被告に対して寄付をするような感覚であったことが認められ、この事実に照らすと、右甲一一号証の二の記載のみから当時の被告株式の時価が約一二万円であるということはできず、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

2 したがって、争点2についての原告らの主張は認められない。

三  争点3について

1 原告らは、被告が、本件各新株発行の際、(一)取締役会を開催せず、本件各新株発行の手続から原告正有をことさら排除したこと、(二)被告株式の時価が一株約一二万円であったのに、額面金額である五万円を発行価額として、資金調達を目的としなかったばかりか、(三)株主以外の者に対する特に有利な発行価額での新株発行であるのに、株主総会の特別決議を経ず、株主である原告らを本件各新株発行の手続からことさら排除し、(四)主に代表取締役である康光及びその近親者に新株を割り当てているから、本件各新株発行は、康光が自己の会社支配を強化することを主要な目的とした不公正な新株発行であると主張する。

2 しかし、本件各新株発行に関する取締役会が原告正有出席の上で開催され、本件各新株発行が全員一致で可決されたこと、及び本件各新株発行当時の被告株式の時価が一株約一二万円とは認められないことは既に説示したとおりであり、右取締役会決議の不存在又は新株発行価額を前提とする原告らの右主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。

さらに、先に判示した事実に加えて、証拠(乙一三号証、証人宮下朋子、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件各新株発行当時、被告は急激に業績を挙げており、これに伴い、資金を調達する必要があるとともに、自己資本を増やし対外的信用を増大させる必要があったこと、被告は、そのために本件各新株発行を行ったこと、原告正有は、本件各新株発行当時、被告から報酬の前借りを繰り返すなどし金銭的に窮しており、本件各新株発行に応ずることが容易な状態になかったことが認められる。

3 以上の事実に照らして考えると、原告らの右1の主張は認められず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

四  以上判示したとおり、本件各新株発行は、手続的に瑕疵があるということはできず、目的も不公正なものということはできないから、本件各新株発行における康光の各行為が原告らに対する不法行為を構成することを根拠とする原告らの請求は、その余(争点4ないし6)の点について判断するまでもなく、理由がない。

(被告の不法行為責任について)

五 争点7(一)について

1  原告らは、原告正有において、平成二年四月六日ころ、被告株式を譲渡したことはないにもかかわらず、被告の株主名簿上、右日付で、原告正有の保有株式数が三株から一株に減少した旨記載されているが、右記載は被告が勝手にした虚偽のものであると主張し、右主張に沿う証拠として、甲一四号証の記載部分及び原告久保田正有本人の供述部分もある。

2  しかし、証拠(証人宮下朋子の証言により真正に成立したものと認められる乙三号証、乙四号証、一二号証ないし一四号証、原告正有作成部分は証人宮下朋子の証言により真正に成立したものと認められ、前多作成部分については証人前多俊宏の証言により真正に成立したものと認められる乙一五号証、乙一八号証、証人前多俊宏及び宮下朋子、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 前多は、日本アイビーエムに勤務していたが、同社を退職した上、昭和六三年一二月ころに被告に入社した。同人は、右転職に際し、被告が発展途上であったこともあり、株主としての自覚を持って仕事の励みにしたいと考え、康光に対し、できるだけ多くの被告株式を保有したいと要望していた。

(二) 康光は、前多の右要望に応えるため、原告正有及び原告順子から前多に被告株式を譲渡してもらおうと考え、平成二年、原告正有に対し、前多への株式譲渡を打診するとともに、原告正有を通じて原告順子に対しても、右株式譲渡を打診した。原告正有は、平成元年七月七日、株式会社光テックを設立して代表取締役になっており、当時は、自分の会社の運営に腐心している状態であった。

(三) 原告正有は、右株式譲渡を了承し、被告に対し、平成二年四月二日、同人が保有する被告株式二株を前多に譲渡することについて承認を求め、被告取締役会は、同月六日、右株式譲渡を承認し、被告は、原告正有に対し、同月七日、右株式譲渡を承認した旨通知した。原告正有と前多は、同月一〇日、原告正有保有の被告株式二株を一株五万円で譲渡する契約を締結し、その後、前多は、原告正有に対し、朋子を通じて、右売買代金を現金で支払った。

なお、原告正有から被告宛に出された同年四月二日付の株式譲渡承認請求書及び原告正有及び前多間で締結された株式譲渡契約についての同年四月一〇日付株式譲渡契約書は、いずれも、朋子が、公認会計士に依頼して作成したものに、原告正有(株式譲渡契約書については、原告正有及び前多)が押印して作成された。

3  右認定事実によると、原告正有は、前多に対し、被告株式二株を譲渡し、右譲渡に関し、被告取締役会の承認を受けた後、これが被告株式名簿に記載されたことになり、これに照らすと、前記1に掲記の各証拠は採用することができず、他に、原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、争点7(一)についての原告らの主張は認められない。

六 右に判示したとおり、原告正有は前多に対し被告株式二株を譲渡することを承諾し、その対価を得ているのであるから、右事実が存しないことを根拠とする原告正有の請求は、その余(争点7(二))の点について判断するまでもなく理由がない。

七 争点8(一)について

1  原告らは、原告順子において、平成二年五月二八日ころ、被告株式を譲渡したことはないにもかかわらず、被告の株主名簿上、右日付で、原告順子の保有株式数が三株から一株に減少した旨記載されているが、右記載は被告が勝手にした虚偽のものであると主張し、右主張に沿う証拠として、甲一四号証の記載部分及び原告久保田正有本人の供述部分もある。

2  しかし、先に判示した事実に加えて、証拠(証人宮下朋子の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙五号証、乙六号証、一二号証、一三号証、一六号証、原告順子作成部分は証人宮下朋子の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、前多作成部分については証人前多俊宏の証言により真正に成立したものと認められる乙一七号証、乙一八号証、証人前多俊宏及び宮下朋子、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 康光は、平成二年、原告正有を通じて、原告順子に対し、前多へ株式を譲渡することを打診し、原告順子はこれを了承した。もっとも、それ以前に、被告が株主割当ての方法により新株を発行したことから、原告順子は、右新株を引き受け、同人が保有する被告株式の数が三株となった後、そのうち二株を前多に譲渡することとした。

(二) そして、原告順子は、被告に対し、同年五月二五日、同人が保有する被告株式二株を前多に譲渡することについて承認を求め、被告取締役会は、同月二八日、右株式譲渡を承認し、被告は、原告順子に対し、同日、右株式譲渡を承認した旨通知した。原告順子と前多は、同月三〇日、原告順子保有の被告株式二株を一株五万円で譲渡する契約を締結し、その後、前多は、朋子を通じて、右売買代金を現金で原告正有に支払い、同原告は、原告順子に代わってこれを受領した。

なお、原告順子から被告宛に出された平成二年五月二五日付の株式譲渡承認請求書及び原告順子及び前多間で締結された株式譲渡契約についての平成二年五月三〇日付株式譲渡契約書は、いずれも、朋子が公認会計士に依頼して作成したものに、原告正有を通じて原告順子の押印をもらって(株式譲渡契約書については、この他に前多の押印がされ)、作成された。

3  右認定事実によると、原告順子は、前多に対し、被告株式二株を譲渡し、右譲渡に関し、被告取締役会の承認を受けた後、これが被告株式名簿に記載されたことになり、これに照らすと、前記1に掲記の各証拠は採用することができず、他に、原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、争点8(一)についての原告らの主張は認められない。

八 右に判示したとおり、原告順子は前多に対し被告株式二株を譲渡することを承諾し、その対価を得ているのであるから、右事実が存しないことを根拠とする原告順子の請求は、その余(争点8(二))の点について判断するまでもなく理由がない。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 足立謙三 裁判官 中野琢郎)

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